来る夏

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楼台から連合軍を眺めていた。 三十年を生きてきて、これだけの兵を拝むことは一度もなかった。 せいぜい、数万である。 それが、今目の前に三十万の軍が蔓延(ハビコ)っている。 しかも、敵だった。 群れというより、壁だった。 しかし不思議と、脅威だと思わなかった。 怯えも、ない。 赤兎に乗って駈ければ、蹴散らせる。 そういう気配しか、敵軍から感じなかった。 凄みがかっていないのだ。 連合軍は、どこか緩んでいる。 そこを、槍のように突き崩せば、勝てる。 それはまちがいないことだった。 呂布の麾下はすでに参集して、いつでも出撃できるようになっている。 呂布が指示を出せば、兵の壁を切り裂いて、袁紹の首を狙いに駈ける。 問題は、その秋(トキ)がいつか、ということだった。 虎牢関には連弩(レンド)が置かれている。 古くからあるもので、大きな台に車がつけられた、一度に何本もの矢を吐き出す兵器だ。 野戦では使い物にならないが、関を守るには役立つ。 連弩を放つだけで、敵は関に近寄れないのだ。 敵は矢が尽きるのを待っているようだが、虎牢関には十万本を超える矢が蓄えられている。 董卓が、蓄えさせたのだ。 臆病なほど周到だった。 そういう男だから、暴政を敷いても、いまだ安寧を保っていられるのだろう。 それでも暗殺は、何度かあったので、呂布の帰還を切望しているらしい。 虎牢関を落とされれば、洛陽は落ちる。 董卓には使者を送って、それだけを伝えた。 守るだけでは、駄目だ。 勝たなければならない。 袁紹の首を取り、連合軍を瓦解させなければ、洛陽に未来(サキ)はない。 雷雅を、洛陽から出せずにいた。 董卓がとくに人の出入りを厳しく取り締まっているのだ。 暗殺の間者も、民の流出も、元から防ごうということだった。 いくら呂布といえど、洛陽から雷雅を連れ出すのはむずかしくなっていた。 だから、なんとしても洛陽を守り切らなければならない。 命に代えても、守らなければ。
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