来る夏

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盟主である袁紹は腰を据えて虎牢関を睨んでいるが、それがそもそものまちがいだ。 シ水関を抜いた時点で、勢いに任せて虎牢関を抜きにかかるべきだった。 連弩をものともせず関に取り付けば、虎牢関も落ちただろう。 関の前は一万しか展開できないとはいえ、こちらの守兵は二万だった。 二万対三十万、という形に持ち込むしか、連合軍には勝つ術がなかったのだ。 董卓軍のなかには怯え、逃げ出す兵もいただろう。 関を明け渡して寝返ろうとする者もいたかもしれない。 毎日のように楼台から連合軍を眺めているが、あの壁に近い軍勢が関に取り付いて攻撃してきたらと思うと、肌に粟が立つ。 呂布自慢の騎馬隊も、袁紹を討ち取るなどと言っていられなくなったはずだ。 それができない、というのが袁紹の力量だった。 大軍に恃んだ戦の仕方をしているが、戦そのものが見えていない。 三十万を見ても震えすら起きないのは、その程度の男を盟主に担いでいるからだろう、と呂布は思った。 近いうちに、袁紹は出てくる。 連合軍の威信を保つために、軍を動かしてくるだろう。 満を持して出てきたその時に、打って出て、首をもらう。 呂布にははっきりとそのことが、目に浮かんでいた。 「呂布様。少しお話が」 楼台を降りた呂布に話しかけたのは、麾下の姜下(キョウカ)だった。 黒い鎧に身を包んでいて、戟を握っている。 麾下の者には、戦場では常に黒の鎧と戟を、それ以外の時でも黒い袍(ホウ)を身につけさせている。 そのほうが、一目見ただけで麾下とわかるからだ。 それに突くことに特化した槍よりも薙ぎ払いのできる戟のほうが、ずっと戦場で生き残りやすい。 剣は軽いが、剣が届く距離まで敵を近づけるとなると、躱すのがむずかしくなる。 傷ひとつ負うと、動きが鈍くなるのだ。 あの武勇を恃んでいた華雄もわき腹の傷ひとつで呆気なく死んだという。 死なせたくない者には、戟だけを使わせた。 戦場で生き延びるためだということを、麾下の者には教え込んでいる。 文句を言う者はいなかった。
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