来る夏

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春の陽光が射している。 麾下の者がいよいよ出陣なのかとざわめく。 手で制し、ちがうと告げた。 駈けに駈けるだけだ。 それも、今は連合軍と対峙中で、短い時しか駈けられない。 姜下にだけ、供をするよう命じた。 姜下だけは、赤兎にかろうじて追い縋ることができた。 風。 暖かい風が吹き込んでいる。 虎牢関は山岳に囲まれていて、思う存分駈ける場所はない。 三十里(十二キロ)ほど後方までは平地が続くので、そこまで駈けようと思った。 あっという間に着く距離である。 それでも、駈けたい。 赤兎も駈けたいと言っている。 姜下も、そこまでなら付いてこられる。 五十里(二十キロ)を超えると、どうしても馬の質が出てくる。 赤兎に並ぶ馬は、駿馬揃いの麾下の馬のなかにも、いない。 赤兎に跨って、眼前を見つめる。 風が、肌をなぞっていた。 もうなにも考える必要はない。 ただ、駈けるだけである。 腿で赤兎の腹を締めた。 景色が、流れてゆく。 駈けだしていた。 手綱を握らなくても、赤兎は呂布の思う通り駈ける。 陣屋をこさえる兵の横を、疾駆する。 輸送する兵に目もくれず、駈け抜けた。 このまま洛陽まで帰ってしまうのではないか、と呂布は思った。 雷雅に会いに行くのも良いかもしれない。 風を切りながら、そんなことを思っては嘲った。 三十里。 ほんとうにすぐに辿り着いた。 岩がふたつ屹立(キツリツ)しているので、わかる。 この屹立した双子岩を抜ければ、洛陽は眼の前だった。 門のようでもあるが、守ることはできない。 低地にあるので、地形が悪いのだ。
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