来る夏

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曹操が隊旗を見つめていた。 強くはためいている。 風が強かった。 矢がかなり深くまで届くので、動くに動けないという状況だった。 橋瑁や公孫サンと書簡を通じてやり取りしているが、袁紹が動こうとしないので、虎牢関に釘付けにされている。 兵糧の量も、目に見えるほど減っていた。 こちらは三十万もの大軍を擁していることを、袁紹はわかっていないのか、という声が大きくなっている。 その中心にいるのは韓遂で、奴は最初から兵糧を危惧していた。 兵糧を危惧していたからこそ、先鋒に名乗り出るということもしなかった。 兵糧こそがこの連合軍の綻びである、と韓遂は理解していたのだ。 それを理解しなかった孫堅は、袁術に騙され、結果的に兵を千ほど失った。 動く時はいつなのか。 曹操が考え始めたのは、それだった。 いずれ袁紹は動かざるを得なくなる。 すでに連合軍の結成から一年が経過し、帝の坐す洛陽を前に攻めきれないでいる。 連合の威信は、地に落ちつつある。 その名誉を回復するには、袁紹自ら動き、虎牢関を打ち破るしかない。 その時袁紹は自分を始めとする戦をしたがっている群雄を、頼みの綱としてくるだろう。 袁紹自身は、傷を負いたくないと考えている。 洛陽を取った後のことにしか、頭が働いていないのだ。 韓遂を頼れない。 孫堅は緒戦で敗れた。 橋瑁も戦場に出ようとしない。 そうなると、袁紹が頼るのは自ずと曹操か公孫サンということになってくる。 問題は、それがいつなのか、ということだ。 攻めるに易い春も終わりを告げようとしているし、次に来るのは夏だ。 茹だるような暑さは、戦に好ましくない。 袁紹は、誹謗に耐え、夏をやり過ごし、秋まで待つことができるのか。 秋まで待つと、兵糧も手に入るし、涼しくなるので攻めに易い。 もし、夏に出陣ということになれば、諸将の不満が大きくなる。 連合軍が解散となる可能性も捨てきれない。 もし夏に出陣するとなれば、止める必要があるのか。 曹操の諫言なら、袁紹も聞き入れるかもしれない。 そうなると戦を期待する諸将の不満の矛先が曹操に向くことも起き得る。 そもそも曹操は戦をしたがっているのだ。 そういう風に、諸侯には見せてきた。 袁紹に諫言することで、その評判を蹴るような真似はしたくない。 袁紹を止めなければ連合軍が瓦解する。 そういう状況にならぬことを、祈るしかなかった。
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