来る夏

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「殿。孫堅軍の調練を、見られましたか」 夏侯惇が言う。 軍人に似つかわしくないような穏やかな目をしていた。 目が穏やかなだけで、その気配や気魄は、軍人しか放たないものを持っている。 夏侯惇は胡床を持って、そこに佇んでいた。 曹操が虎牢関を睨んでいると、横から声をかけられたのだ。 「一度見た。あれは、すごいな」 「死の訓練、と私は呼んでいます。あれを見た夏侯淵と曹仁が、自分たちの訓練が生温いと言い始めて」 「やめておけ。あれをすると、逃げることができなくなるぞ」 「私もそう思いました。なので、宥めています」 「甘いな、夏侯惇。鞭で打つくらいのことはしても良い。俺が命じていないのに、苛烈な訓練などすれば、それは軍規違反だ」 「軍規違反ですか。そう、通告しておきます」 夏侯惇が穏やかな目をしたまま、頭を下げた。 曹操が横目で見ながら、小さく息を吐く。 夏侯惇は部下に対して寛容なところがある。 今のところ事態を見誤るようなことはしていないから、曹操も咎めなかった。 夏侯淵と曹仁を鞭で打て、と言ったのに、軽く流した。 そこまでの仕打ちは必要でないと夏侯惇が考えているのだろう。 曹操も、夏侯淵たちのことは夏侯惇の裁量に託している。 失敗をすれば、曹操が言わなくても、夏侯惇が罰するだろう。 そういう男だった。
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