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漸く家に着いたのが、20時を回った頃だった。
「ただいま。」
自宅の扉を開く。
明かりは点いておらず、真っ暗な室内。
廊下を覗き込めば、リビングから漏れる青白い光。
どうやら、ユリはテレビを見ているらしい。
靴を脱ぎ、廊下を進む。
半開きになったリビングの扉の前に来た時のことだった。ドアノブに伸ばした手が止まる。
『………。』
「……?」
ユリが何か呟いている。
思わず、大河はドアノブの隙間からリビングを覗き込む。
ユリはテレビ画面の中に居た。
番組はよくあるバラエティ番組。最近人気らしいお笑い芸人がネタを披露している。
そのネタは、ボケが多重人格だったらというものらしい。
ツッコミに叩かれる度、性格が豹変している。
ユリはそれを見ながら何かしら呟いているらしい。
テレビからの笑い声に紛れて、それが聞こえてくる。
『…やだ……ゎたさなぃ…クロ……だめ…………シロ……ずるぃ……ぁたし…って…』
それはまるで誰かと話しているようだった。
大河は何故か、一抹の不安を覚えた。
まるで、ユリが自分の知らない存在になってしまったようで…。
躊躇われたものの、大河はリビングの扉を開け、電灯のスイッチを入れた。
「ただいま、ユリ。」
『あ、タイガ!おかえり!』
ユリはいつもの笑顔で、大河を出迎えた。
『もーっ。遅くなるなら連絡頂戴よー。』
「ごめん。そんなゆとりもなくってね。」
『全くぅ。"奥さん"を待たせたら駄目なんだよ!』
「奥さん…?」
『私のこと。"奥さん"って家で男の人を待ってる女の人のことでしょ?だから、私はタイガの"奥さん"!』
「…いや、奥さんっていうのは…。」
そういう関係になるには、前提条件として"結婚"があるワケなのだが…。
『あれ?間違ってる?』
「…まぁ間違ってはないような…。」
『じゃあいいじゃん!』
「…いいのか…?」
果てしなくよくない気がするが…
大河はとりあえず、頭をリセットして着替えることにした。
考えても仕方ない。
近藤侑理のことも、先程のユリのことも。
ユリとの生活に限りがあるわけでもないし、じっくり時間をかけていけばいい。
だが、大河は気付いていない。
不穏の足音がすぐ近くまで近づいていることを。
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