かりそめの家族

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 強く生きねばならない。    男にとって強く生きるということは限りなく辛いことだ。   多くの出会いと別れを繰り返しながら、人は大人になっていく。   純の未来は最愛の母との死別から始まった、そう、始まったばかりなのだ。   車まで戻っても三人は無言だった。   宮島はリエと純が乗り込むのを待って、やはり無言で車を出した。   青く若い稲が風に揺れる道を車は走る。   ふと宮島は、ルームミラーで後部座席の純を見た。   純はリエの膝で眠りに落ちていた。   悲しみは十歳の少年の、その小さな体のエネルギーを普く吸い取ってしまったようだ。   リエの膝に頬を乗せた純の、その閉じた瞼から頬にかけて、悲しみの名残りが一筋ついていた。   「お父さん…これからどうするの?」   しばらく走った頃リエがポツリと言った。   「…展望台に行きたい…」    「経木山の?」   「…ああ…」   そして車内は再び無言になった。   道が上り坂になった。   いつか見た光景が広がって来る。   林が切れた。   あの緑のフェンスに囲まれた建物が見えて来る。   宮島は後ろの純を見た。   純は死んだように眠っていた。   宮島はホッとした。   渦中の施設の前には、何台かの報道車両が止まっているのが見えた。
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