タイムスリップナンセンス 前編

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「到着。……いえーい」  見慣れた木造家屋。  ヴァキシオン兄妹の、休暇を受け持つ家。  その真ん前に、俺は立っていた。  三日前に、ここを旅立ったばかりである。早過ぎる期間で帰還してしまった。  ライセンス取得の為の試験――つまり疑似的な過去に飛び、自分で自分に勝つ。トラウマを打ち破るとはつまりそういうことだが、俺にとって『過去』はここでの思い出しかない。よって今俺がここにいるのは偶然なんて綺麗なものではなく、必然である。 「まさかシルとバトれ、なんて言うんじゃねえだろうな。根性論とかじゃどうにもならないぞ……?」  サクライマモルは、基本的にはスポ根には懐疑的である。  無理なもんは無理だ。  ゆとり万歳。  特に何とも思わず……ただひたすらに無心で、俺は入口のドアを開けた。  これで俺の逃げ場所がなくなるとは、微塵も思っちゃいなかったさ。 「はい……どちらさまでしょうか」  お前がどちらさまだ。 「あら、失礼ですのね。どちらと訊かれたら、黙ってお名前をどうぞ」  彼女は。  誰もいるはずのない家で生活していたのだった。  定住していた。  ありえねえ。ありえねえぞ。誰がいるはずもないんだぞ? ならば空き巣……って雰囲気でもないし。何故だか、ここに住んでて当たり前な、そんな雰囲気の方が強く、した。  彼女は。 「サクライ、マモルだ」  彼女は。 「ふうん。不思議なお名前ですのね。まるで、ここじゃないどこか遠くから来た人みたい」  彼女は。 「ミリア。ミリアナーシェと言います。ミリア、と呼んで下されば結構です」  彼女は。  どうしようもなく違うのに、どうしようもなく似ていた。 「シル……?」  全然、違う。違うのに。何言ってんだ俺は。馬鹿か? 金髪じゃない、あの目も眩むような金じゃない。黒。全部飲み込んでしまいそうな漆黒。そうだ、目だって違う。視線で殺せそうな、あの切れ長とは正反対だ。所謂タレ目。癒される。そんな感じ。言葉使いだって、雲泥とまでは言わないが異なる。不遜なあの態度は見受けられない。丁寧な、優美なそれ。そう、まるで、まるで―― 「どうなされました? どこか具合でも?」
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