○序章

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 藤木唯華が会社を辞めたのはわたしが退職してから四日後のことだった。 「さぞや僕と何かあったのかと話題になっているんじゃないの?」  数日前、会社に残っている元仕事仲間の小林と電話で話した時、わたしは冗談めかして言ってみた。 「なーいない。それはないですよ」  小林が電話越しに一笑に付した。確か小林はわたしよりも七歳年下の後輩だった筈だがそんなことにはおかまいない。わたしたちの間には「年齢を越えた仲の良いお友達」の関係がいつの間にか出来上がっていた。 「彼氏との間に子供でも出来たんじゃないかってみんなで話していますけどね。そんなところじゃないのかな」 「彼氏ねぇ」  わたしは苦々しく思いながら声を発したが、幸か不幸か小林は全く気が付かない。 「有名だったじゃないですか?藤木さんが昼休みになるといつも彼氏と携帯で話をしているって」  確かに昨年の秋頃、唯華が昼休みに昼食をひとりで食べに行く途中、いかにも彼氏とラブラブって感じで携帯で話していたのを知っている。そして、それは男性社員の間じゃちょっとした話題になっていた。ところが、ここ数ヶ月そんな光景は全く見られなくなっていた。 「確かに不思議ですよね。別れちゃったのかなあ。彼氏と」小林も不思議がった。 「まあ。そんなところじゃないのかな」とわたしはいい加減に言った。  本当は藤木唯華の彼氏がどんな男で、なぜ最近電話で話さなくなったのか、わたしには大方推測が出来ていた。何故だか当事者でもないわたしが二人の仲について知ってしまっていたのだ。  そんなこと知りたくなかった…、それがわたしの本音だった。もっともそれは百パーセント確かなことではない。あくまで推測の世界なのだ。  だが、わたしは妙に確信してしまっている。敢えてそうなってしまった経緯を説明するならば、二年前の秋までこの話を遡らないといけないであろう。
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