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「――ねえ、園木さん」
あたしはお茶を入れながら、後方にいる園木さんに話し掛けた。
返ってくる、柔らかな声。
「どうかしましたか?」
「んー、たいしたことじゃないんだけど」
湯飲みを二つお盆に乗せて、園木さんのもとへ。
深い藍色の和服に、シンプルな銀縁の眼鏡を掛けた園木さんは、あたしを見て優しく微笑んだ。園木二藍。あたし、一色縹の家庭教師。体が弱いから、あたしがお宅へ通わせていただいている。今日も高校の帰りにそのままお邪魔していた。
お茶を入れるなんて来るたびにやっていることだから、あたしの中ではもう当たり前のことなんだけど、それでも毎回、園木さんはありがとうと言ってくれる。
園木さんの向かう机にそっと深緑色の湯飲みを置くと、彼はすぐにそれを手に取った。少しだけ冷めるのを待って、恐る恐る口をつける。猫舌なんだから、しばらく置いておけばいいものを。しかし、なんとか飲めたらしい園木さんは、ふはあと息をついてにっこりと笑った。
「おいしい。ハナちゃんの入れてくれるお茶は、大好きです」
「ありがと。でも、お茶っ葉だって園木さんの家のやつなんだから、きっと瑠璃さんの方が上手だよ」
「彼女はハナちゃんほど丁寧に入れてくれませんよ。流石は喫茶店のお嬢さんですね」
「褒めても何も出ないけどね」
「ふふ。もう出してもらいましたよ」
嬉しそうに笑う園木さんに、あっそ、とそっけない返事をして、あたしは少し下がったところにある座椅子に腰掛けた。園木さんは机に向かったまま、それで、と促す。
あたしは白っぽい水色の湯飲みを抱えて、言う。
「園木さんが小説を書くとき、大変なことってなに?」
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