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「――あ、そろそろ帰らなきゃ」
あたしはふと携帯の時間表示を見て、ぱたぱたと筆記用具を片付けた。園木さんは窓の外に視線を移した。
「もう薄暗くなってきましたか。早いですね。秋も更けてきているのですね」
「……別に暗くなるのは構わないんだけど」
「え? ――ああ、すみません」
いいの、園木さんが謝ることじゃないから。なんて、流石に言えなくって。
あたしは慌てて立ち上がろうとして――でも、間に合わなかった。
背中でするりと襖が開く。
「あら。またいらっしゃってたのね。一色さん」
「……どうも。お邪魔してます」
綺麗なお姉さん。あたしはいつも瑠璃さんを見るとそれだけ思う。
真川瑠璃。優しくはない。美人だけど、それをちゃんと自覚している女性だった。あたしはあんまり好きじゃないタイプ。そして、たぶん、彼女もあたしを好きではない。
瑠璃さんはあたしににこりともせず、園木さんに向いた。
「家庭教師は結構だけれど、体は大丈夫なの? 二藍」
「ああ。どうして縹さんにわざわざウチまで来てもらっているんですか。本当なら、僕が縹さんのお宅に伺うべきなのに」
園木さんもそっけない。いやだ、こんな空気。だから早く帰りたかったのに。
瑠璃さんが次に口を開く前に、あたしは立ち上がった。
「あたし、もう帰らなくちゃならないので。お邪魔しました。ありがと、先生」
「いえいえ、またいつでもどうぞ」
「……はい。また」
そこでお別れのつもりが、園木さんは玄関まで見送ってくれた。
瑠璃さんも、一緒。
「失礼しました」
ぺこりと頭を下げる。園木さんがにこやかに手を振ってくれる。
がらりと引き戸を開けた。風が冷たい。ブレザーの前をきつく合わせると、あたしはもう一度頭を下げるべきかと悩んで――
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