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肌寒い春の夕暮れの中央の国の小さな森の入口。芽吹いたばかりの新芽や咲き誇る花々が夕日に照らされ、朱色に色付く。空を見上げれば、西の空は赤らみ薄く雲がかかっていた。
魔物が滅多に現れぬ森のその入口は、平和な時を静かに刻んでゆくはずであった。
しかし──、いつまでも永遠に続くはずの平和は、黒い人型をした何かによって、瞬く間に脆く崩れ去ったのだ。
「いやぁっ! 返して!!」
少女は、涙を流しながら叫んだ。自らの手が、足が、恐怖に震えていながらも、叫ばずにはいられなかったのだ。
少女の着ている質素な、しかし、母がしっかりと手入れをしてくれている淡い黄色のワンピースは、すでに泥だらけだ。二つに結わえていた髪の毛はぼさぼさになり、木の葉が絡み付いているのが見えた。転んで擦りむいた膝が痛い。
「おい、お前いい度胸してんなぁ。俺様達に立ち向かって来るなんて」
「馬鹿か、お前? 魔人に逆らおうなんて百年は早いわ!!」
ニタニタと嘲笑う数人の人型。黒い皮膚の質は人間とは全く異なり決して黒膚の民のものではない。鮫肌のようにざらざらとしていて、狂気に染まった朱い目はまるで血の色のよう。──それは魔人と呼ばれる魔物の一族の特徴であった。
少女は魔人に取り囲まれており、魔人らのリーダーらしき奴の手には、雪のごとく真っ白なユリが握られている。
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