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「サシミ……?」
オルス語には『刺身』に当たる言葉はなく、必然的にサキカが口にした言葉はジパング語であった。意味を知らないレイトは、片言で聞き返す。
「生の魚を薄く切ったもののことだよ。これは舟盛りだね、舟の形を型どった器に盛られている」
「フナモリ……?」
レイトは更に首を捻ったが、薄く切られたそれの一枚を箸で持ち上げて、しげしげと観察し始めた。
サキカは早速小皿に醤油を入れて、舟盛りの隅にあったわさびを少しとって加え、ほどよく混ぜた。そして刺身を箸で挟み、醤油をつけて口に運ぶ。
ほのかに甘いなんとも形容しがたい旨さが口の中に広がる。わさび特有の刺激が鼻にきたが、気にせずに咀嚼した。
(……久しぶりに食べました)
中央の国では口にすることのない味わい。
よほど美味そうに見えたのか、レイトはサキカを習って小皿に醤油を垂らし、わさびを『たっぷりと』混ぜ入れ、刺身を浸して口に運んだ。
――あまりに自然な動作だったために、サキカの制止は間に合わなかった。
「――――――っ!?」
途端、涙目になって口を押さえたレイトに、サキカは慌てて水を差し出した。
勢いよく水を飲みほしたレイトは、ついでに刺身も飲み込むことに成功したらしい。
「何これっ! 鼻にツンッてきたんだけど!?」
鼻を押さえて訴えるレイト。 サキカは思わず笑ってしまった。ギロリと睨まれたが、涙目で睨まれても全く怖くない。
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