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「お兄ちゃん、ちょっと数学でわかんないところがあるんだけれどー」 部屋のドアをノックする事もなく開けた恩納周一の一つ下の妹である恩納鳴海に思惑があった事は隠しようもない事だった。思春期真っ盛りである中学生の兄がこんな早くから部屋に籠もってしていることなど、そう選択肢が多い事ではない。寝ているか、勉強しているか、自慰行為をしているか、読書をしているかのどれかであると予測していたのである。同じく通う中学で上級生下級生の女子に問わず、ごく一部の男子生徒にも人気があるという噂の兄を持つ身としてみれば、たとえ普通なら気まずい雰囲気になるような場面であったとしてもどんと来いであった。しかし、手にしたデジカメの画面の中に、兄の破廉恥な姿を見る事はかなわず、あるのは暗闇の中で布団に入り、気持ちよさそうに寝息を立てている兄の姿であった。そこで諦めるなら普通の妹であろう。だがしかし、鳴海は若干十三歳にして生粋の変態であった。部屋の中に入りドアを閉めた鳴海の口元が笑っていたのは事実である。 総天然色の夢の中は大きな街になっていた。和洋折衷、奇想天外な建物がひしめく中、住人と思える人々というか、人でないモノまで行き交っていたのである。さて、自分はどこへ向かい、どこへ行くのかと考えながら長い石造りの階段を登っていたところで、白いワンピースのポケットの中で携帯の着信音が鳴った。曲はMoon Riverだった。画面には夢倉浩太と標示されている。
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