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「おかえり、綾」
隆一郎はにこやかにしているが、綾は顔面蒼白だった。
「兄ちゃん…その荒れ具合は何…」
台所は野菜のクズだらけ。鍋は何故か焦げ臭い。
バンドエイドをしている兄の指。
「今回は、多分うまくいったぞ」
兄の自信満々な顔に、綾は呆れて物が言えなかった。
隆一郎は、破滅的に料理ができない男だった。
しかも、諦めない男でもあった。
「うわっ…」
カレーは失敗しない、と思うのに、何故か水っぽい。炊飯器をあけると、ベトベトのご飯。
「兄ちゃん…」
「いや、案外いけるって」
楽観主義の兄をもつと、つらい。
「せめて、ルーを足したい…」
「もうないぞ」
「…」
綾は財布をとり、玄関へとすごすごと戻っていった。
スーパーに向かうと、隆一郎がパタパタと走ってきた。
「…綾、ごめん。味見したら、やっぱダメだった」
(みればわかるのになあ)
綾はふぅーっと息を吐く。
「今度は俺と一緒につくろ?」
「そうだな。それなら間違いない」
隆一郎は笑った。
その時、綾は一抹の不安を感じた。
(兄ちゃんに、男に戻る薬を作らすのは無理なんじゃ…)
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