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アオイはため息をつきながら一人家へと入ってしまった。
エンジと呼ばれる男の子──申 焔士(しん えんじ)はけらけらと笑い、軽やかに飛び降りる。
「透理様ー、もう何回目ですか? 振られたの」
「何回だろうねえ。取り敢えずは両手では数えきれんな。まあ、今はいいんだ。葵も本気だとは思ってないだろうしな」
トウリは辺りに舞い散る桃の花びらを器用に掴んだ。それを見てエンジは感嘆する。
「相変わらず器用ですねー。普通、そんな簡単に掴めないですぜ?」
「ん?」と言ってこちらに振り向く彼は何だか異様に気品に見える。
まるで、桃の花びらがトウリを際立たせているかのよう。
しかし、それは見間違いでもなんでもない事をエンジは否、アオイも、そもそもこの古びた家に住む人間は知っていた。
勿論、トウリ本人も。
「桃は俺の花だからな、自ら来てくれるんだろうよ」
「また上手いお言葉を。でも、透理様のトウは桃の字じゃないっすよね?」
本名、芳園 透理(ほうえん とうり)のトウは「透」の文字。
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