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トウリは掴んだ花びらを見せびらかすように持ち上げた。
「掛詞って知ってるかい?」
「はい?」
首をかしげる側近に主は笑う。
「俺が生まれた時、桃の花びらが一枚(ひとひら)池に浮いていたのだと。その時誰かが歌ったそうだ」
トウリは滑らかな調子で歌いだす。
「透き水面(みなも)に身を浮かべ、桃花は世を見据るなり」
エンジはほうと感嘆する。
「そこから名を作ったらしい。まあ、ジイが言った事だから、本当かどうかは分からんがな」
トウリは桃の木を見上げ、風が吹いたと同時に花びらを空に返した。
そんな主を見て、エンジは眉をやや寄せる。
「……透理様、都に帰りとうございますか?」
少し哀しみが含まれたその静かな声音に、トウリはその赤い瞳を向けた。エンジの黒い瞳に桃色が映る。
すると、
「焔士、あそこの枝取って来てくれないかい?」
「はい?」
トウリはエンジの質問を無視し、またも桃の木を見上げた。
流石に主の考えている事が分からず、疑問の声をあげる側近。
トウリは目を妖艶に細め、エンジを横目に見る。
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