あかいろのおと

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 視界が真っ赤に染まっている。  赤。それは窓から差し込む西日だ。コンクリートが立ち並ぶ窓の外の街並み。そのずっと遠くの真っ赤な空に、入道雲がもくもくと立ち昇っている。その雲に呼ばれたのか、雨がざあっと降っていた。赤色。夕立の雨粒の隙間を縫って、水気を含んだ夏の紅色は、私の部屋と視界を赤に染め上げていく。開け放した窓の向こうからは雨が地面を跳ね回る音と、やかましい蝉時雨が鳴り止まない。「やめなよ」兄さんがベランダに訪れていた。隣の兄さんの部屋と私の部屋はベランダで繋がっている。「あれ。珍しいね?」「うん。ひどい臭いのせいでね」  赤。それは左の手首にじわり滲んだ赤色だ。ヘモグロビンが酸化して、生臭いにおいが部屋に充満している。においは窓の外に漏れ出すこともなく、澱のように赤い部屋に沈殿していく。どろどろ。心に飛来する恍惚感と共に、私の血液に溶けた憎しみが天井や壁紙にまでしみ込みそうで、なんだか憂鬱な気分。「そうね」  擦過傷からじわじわと血が滲んでくる。薄皮を切っただけだから痛みはまださほどなくて、裂けた皮膚はぴりぴりと痺れているような感覚。カッターナイフの赤い柄を強く握った。何度も血液に浸しているせいか、刃先はわずかに茶色く錆びている。ぴたり、ひやり。それでも、手首に刃を当てると金属の冷たい感触が肌に伝わってくる。無機質に無慈悲に。ああ。私は。ぐっと力を込めて押し込む。鋭利な銀色がずぶりと皮膚に食い込む。刃先が肉を分離させて、か細い毛細血管たちを侵略して、鳴動する動脈を分断して決壊させた。電流みたいな痛み。と、溢れ出る赤色。ああ、私は、生きているんだ。 「また飽きずにリスカ?」「そうよ」「くだらないね。生の確認に精を出してるわけだ」「くだらないわね」「そんなくだらないってわかってて、なんでリスカに固執するんだ」「私が言ったのは今のギャグによ」「もう、やめなよ」「だって」  兄さんが痛々しそうな目で私を見ている。
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