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「とりあえず落ち着け」
彼の言うことは最もだが、落ち着ける余裕なんて今の私には無かった。
思い出そうとすれば相変わらずズキンと痛みが走るし、胃が口から出そうなほど喉がつかえるのだから堪らない。
それでも彼は一人錯乱する私の肩を掴んで仕切に何か窘める言葉を聞かせた。
正直、何を言われたかなんて解らないけれど、それでもそれは私の中に深く沈んで波を鎮めるのだ。
ようやく静になった私の肩から手を離すと男は「これは提案なんだが」とゆっくりと話しはじめた。子供に言い聞かせるみたいに。
「お前とりあえず俺の村に来い」
「えと…それは?」
「いきなり見ず知らずの男にこんなこと言われて戸惑う気持ちもわからんでもないが、お前に記憶が無い以上行く当てだってないだろう?それに記憶があろうと無かろうと、こんな薄着の奴を雪山に放っておくわけにもいかない。どちらにせよ悪い話しじゃないと思うが?」
「……」
たしかに、村に行けば私を知ってる人がいるかもしれないし、もとより私一人では何も出来ないのも事実。この話に乗らない手は私には無いのだが、何となく悪い気もしてしまうのだ。
なんと言えば良いかわからないけど。
「あの…迷惑じゃないですか?その、村の人とか」
命を救ってもらった挙げ句、そこまでしてもらうのも気が引けるし、何よりいきなり記憶が無い人間が上がり込んで来たら、村人だっていい気はしないはずだ。
「村の人は皆気立てがいい人ばかりだから問題ない。村長には俺から話しをするし何よりだ、俺としてはお前にこのままここで野垂れ死にされる方が迷惑だ。」
随分な言い草だが、それでも私は嬉しかった。
「ありがとうございます…えっと」
「シュダ。それが俺の名前だ」
シュダは少し笑って私を一見すると、立ち上がり兜を被り直して「早いとこ村まで下りるぞ」と、そう言いながら歩きだすから私は遅れないよう彼の後を追いかけた。
真っ白な雪の中
赤い髪の剣士と出会った。
それは真っ白な私の記憶に焼き付いた最初の思い出。
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