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ごろりん。ごろりん。
「ふぅ……はぁ……」
あちらこちらと寝返りをうっては溜め息ばかり。
江戸長屋にてうららかな日差しに、眠気の大あくび。退屈に憑かれた若い娘・胡斐(コヒ)は、ぽそりと呟きました。
「天狗姫(テングヒメ)も地に墜ちたものね」
時は万治三年、五月。天下は徳川四代将軍・家綱の頃。先程、胡斐が口にした天狗姫とは、数年前お江戸市中を賑わせた軽業一座「天狗」の紅一点、類いまれなる美貌を持った少女のことです。
その天狗姫の正体、いえいえ天狗一座の裏の顔は戦国時代から続く、伊賀の抜け忍「天狗衆」なのです。しかし、この泰平の世では専ら軽業が本業。
さて、今は仕舞いとなったこの天狗一座、美貌の天狗姫の消息のみわからぬまま……?数年が経ち……。
ひょっこり現れた天狗姫こと胡斐は、この長屋でごろついていたわけです。
美しさに磨きのかかった十七歳の胡斐はやおら起き上がると、目の前で黙々とからくり人形を作る男の頭を小突きました。
「達磨(ダルマ)っ、その人形もっと高く売れるのに、なぜ安く売ってしまうのっ」
「姫、高いと売れませんぜ。それより、天狗稼業は終わったじゃありませんか」
達磨と呼ばれた三十路過ぎの大男は、頭を擦りながら口を尖らせました。
「そうよ、終わったわ。私だって、たいそうな身分になったし……」
「だったら、姫も大人しく暮らしてくだせい。おかしな義賊騒ぎは困りますぜ」
達磨は眉をよせて首を振ります。
最近、頻繁に武家屋敷を狙った強盗があり、その直後、貧しい長屋に黄金が転がっているという事件でした。
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