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『鈴鹿、ほら戻っておいで。』
―悪路王…だ。
『鈴鹿。鈴鹿御前!』
―嫌だ!呼ばないでくれ。
『共にゆこうぞ。人間の世の転覆を。今こそ果たそうではないか。』
―そんな事、望まない。
『ならば…我が血肉になれ。鬼姫よ。』
―鬼姫でも。嫌だ。
『…裏切り者の鬼の姫。何故に、人間に加担する。』
―人間として、生きていきたいから。
『幾度、人間の腹に宿り、紛れても。その信念は変わらぬか。』
―信念…違う。約束だからだ。
何を捨てても、人間として生きる。
―そう約束した。
『…忌々しい人間ぞ。』
―約束した…?誰と?
『それ程までに、たかが人間ごときの言葉に縛られるか。』
―縛られる?違う。それは自ら望み、選んだ道。
『呪わしや。坂上田村麻呂。』
誰?
‘さかのうえのたむらまろ’?
たむらまろ…?田村麻呂…
坂上田村麻呂!
『鈴鹿、人間(人)として、俺と来るか?』
『鈴鹿。花の姫よ。愛しい妻よ。』
―ああ、そうだ。
―あの人が居たから、花の姫で居られた。
―人間としての幸せを知り、手に掴めた。
―だから…
何を捨てても。
鬼を捨てても。
―人間として生きる事を約束出来た。
―例え滅せぬ鬼の魂魄でも、何度も、何度でも。
人間として、生きる為に。
―繰り返される蘇生の中で、人間の腹に宿り・紛れて自らの鬼を、封じてきた。
―愛しい人。妾が夫。
「田村麻呂…」
夢か現か。
呟けば、うつ伏せに寝せられた布団が、涙に濡れる。
どうして今になって、何もかもを思い出すのか。
思い出せば、苦しい。と、分かっていたのに…あの人は、もう居ない。そう分かっていたのに。
「…ふっ…く…」
漏れる鈴鹿の嗚咽に、憐れむ女達の声。
『姫…』
『御前…』
泣かないで。願っても、鈴鹿の涙にどうする事も、出来はしない。
…心まで、触れられはしない。
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