第一章

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「目が覚めましたか?」 うつ伏せのまま、掛けられる声に、その顔は見えないけれど… (あの時の紳士だ…) 直ぐに分かった。 …分かったから、顔を擦り付け、涙を消した。 「二日間、目覚めなかったけど、凄い回復力ですね」 二日も…… 「死んでしまうかと思う程の傷だったのに、もう塞がりかけてる。」 パサ。うつ伏せの鈴鹿に、傷の具合を診ていた男が、全裸にただ掛けていただけの、薄い襦袢を上半身だけ捲る。 つ…つつつ。爪痕を撫でる。 それは、決して卑猥な感触ではなく、皮膚の出来具合を診ている指先。 (痛くない…。でも…たった二日、か。) 鬼といえど、身体は人間。 人間といえど、身体は鬼。 結局どっちつかずなのだ。 けれど、その事に落胆するのではなく。 ホッとする。安堵すら覚える。 (唯一、悪路王らとは違う。人間混じりの自分の身体。) 「助けて頂き、ありがとうございます。」 鈴鹿はゆっくりと身体を起こし、礼を言いつつ、無言で渡される着流しに袖を通す。 (少し大きいけど…着物。が、懐かしい。) 「ここは…?」 聞く鈴鹿に、男は苦笑して、 「病み上がり早々申し訳ないのだけれど…」 言い難そうな男の口調に、察する鈴鹿。 「発つ前に、聴取が必要なんですね?」 言ってやると、男は苦笑したまま頷いて、手を貸そう。と、伸ばして見せる。 けれど… 「大丈夫。一人で歩けますから」 鈴鹿はやんわり断り、案内を頼んだ。 一歩、また一歩。進む度、キシキシ。木の床が軋む。 「聞かれるのは、近藤局長だけですか?それとも、土方副長や山南さん・沖田さん・井上さん・藤堂さん・永倉さん・原田さんの、試衛館の方々も?」 鈴鹿の言葉に、開いた口も塞がらず、目を見開く顔に、 「試衛館の年長は、井上さんでしたか?でしたら、あなたが…」 言いかける鈴鹿に、男は慌ててその口を塞いだ。 「滅多な事は、部屋で話そう。間者と思われるよ。」 言い、鈴鹿を黙らせる。 (別に何と思われても構わないけど…) 思いながら、後に続いて歩く鈴鹿に、男は優しく微笑み、歩きながら自己紹介。 「その通り。私が井上 源三郎だよ。」
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