序章

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   ここは、何処?    「っはあ!はっはっはっ…あ!」 明かりもない。ただただ広がる暗闇の、深淵を少女は走る。 暗闇に存在して、なお艶やかな黒髪を靡かせ、纏う私立高のチェックのスカートを、激しく揺らしながら。 計り知れない深遠の闇を、更に奥へ奥へ。深奥を走る。 『…ずかあ…』 追われているのだ。 正体も分からぬ‘もの’に。 (近くなってくる…) 自分を呼ぶ、嵐の隙間風の音のように低く、それでいて不気味に響く声に、身震いする。 『鈴鹿…』 (追いつかれる!) 自分を追い、迫ってくる声に、焦燥感に掻き立てられる。 『鈴鹿…鈴鹿御前。』 (近い!嫌だ!捕まりたくない!) そもそもここは、何処なのか。 自分は帰宅部で、確かに家に帰っていた筈だ。 ウトウト。と、春の陽気に気持ちよく、眠りについたのがいけなかったのか。 ただ、そこは二人だけが存在を許されているような…地獄の底のような・暗闇。 地に足が着いているのか、いないのか。それすら分からぬ、虚空。 『鈴鹿…見つけたよ。』 その言葉に、鈴鹿の鼓動が早くなる。 冷たい汗が、全身から吹き出すのが分かる。 『ほら、鈴鹿。』 背後に感じる気配に、振り返ってはいけない。分かっているのに、怖いもの見たさか…振り返ってしまう。 と、 「路…?」 路(みち)。 本名を『黒川 路』という。 鈴鹿のクラスメートにして、唯一の男友達。 『そうだよ。鈴鹿、酷いなあ…逃げるなんて』 あざけて笑う同級生の姿に、けれど安心出来ないのは、何故? …自分は逃げていたのだ。 捕まれば、何をされるか…何が起きるか分からない。事態に。 「…路、ここは何処?」 尋ねる。部屋でもなければ、公共の場でもない。 ただ、変わらないのは、友の声・口調・姿形。 それなのに、 (怖い…) 友を前に、恐怖する自分が、異常なのか。 けれど、起きている事自体が異常ではないのか。 『鈴鹿、ほら。行こう。』 問い掛けに答えてもらえず、路が差し伸べる手に、足下から恐怖が這い上がってくるのを感じる。 (駄目だ…) 「や…だ…。嫌。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」 鈴鹿は腹から声を張り上げ、路の手を、拒絶する。
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