序章

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『我が名は…悪路王。人間に紛れし鈴鹿御前・古参の鬼姫が、夫。』 それは、さっきも聞いた。 「御…前?鈴鹿御前?何よ…それ…」 言葉の意味が、 「分からない。」 言う鈴鹿の口から、乾いた笑みが漏れる。 「分かりたくもない。」 信じられない。 受け入れられない。 だって、ここには… 両親が居て。 友達も居て。 喧嘩もするけど、兄妹も居る。 何より…今の自分は、ただの女子高生ではないか。 『人間に紛れ過ぎたね。大丈夫、記憶は無くても、魂魄の記憶は消せやしない。』 自らを悪路王と名乗る路は、鈴鹿を目掛けて鋭い爪という刃を、薙ぎ払った。 ‘それ’は、片手を振りかざしただけで、教室を容赦無く斬り刻む。 間一髪、それを避けきれた鈴鹿は、命の危機を覚えずにいられない。 (人間技じゃ…無い。殺される!) 身を低く、竜巻の如く滅尽続ける悪路王の刃に、鈴鹿は少しの勇気を振り絞る。 (何か…無いか…) あの手を止められるような、何か。 と、不意に鈴鹿の視野に入ったのは。 壊れたロッカーから転げ、倒れた一本の箒。 たかが木の棒。 されど鈴鹿は、考えず駆け寄り、箒に手を伸ばす。 鈴鹿の手が届くと同時に、振り掛かる悪路王の白刃。 ガキッ! 普通の箒ならば、両断されていただろう。 …自分諸とも。 『それぞ鬼姫・鈴鹿が最強の武器。‘大通連’』 微睡むように、ウットリ。と、微笑する悪路王に対し、鈴鹿はただただ目を見張る。 鈴鹿が手に持ち、悪路王の白刃を止めた箒は、姿形を変えた… 緋色の刀身を煌めかせ、唸るような大太刀。 「大…通連…」 呟く鈴鹿の声に、諦めが混じる。 悪路王の言う事が、真実で。 (自分は人間では無かったのか…) 「鬼の…姫。」 私が。鈴鹿御前・古参の鬼姫。 半ば放心気味の鈴鹿の脳裏に、慌てたような女の声が響く。 『御前、人が参りまする。』 見られたくない。 人間であって、人間ではない、己の姿。 鈴鹿は見るも初めての筈の大通連だが、不思議と手に馴染む感覚に身を任せ、構えて見せる。 その姿、容顔真に美しく、緋色の刀身が、瞳に色を付け妖しくさせる。    まさに、鬼の姫。
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