序章

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悪路王は整った眉を潜めた。 鈴鹿の行動に。 その様子を知りながら、鈴鹿は悪路王に背を向ける。 自分が人間では無い。 それは、理解したくはないが、受け入れなければならないだろう、現実。 けれど… (夫とか…妻とか。…嫌だ。気に入らない。) 何故だろう。 この、えもいわれぬ嫌悪感。 (とにかく!) 誰かに見られる前に。 鈴鹿はただそれだけで、悪路王に背を向けたまま、何も無い空を斬った。 (逃げられるのなら、何処へでも!) 鈴鹿の心の叫びに応えるように、空間に歪みが出来る。 それは、ブラックホールのように、先の見えない暗闇。 (また、闇に戻るの…) 鬼・故に? 人間で無いが故に? 思いながら、それでも鈴鹿は迷い無く、その歪んだ空間に飛び込んだ。 『何処まで抗うか…』 『…何度裏切るのか。』 人間に荷担し、子まで成して。 その上、稀少な鬼の姫でありながら、人間としての生を選ぶ同胞よ。 悪路王は愛しく思いながらも、呪わしい鈴鹿の背中に、端正歪ませ、力任せに深い深い爪痕を負わせた。 「…っく!」 背中に疼く爪痕に、苦悶しながらも、鈴鹿は止まる事なく、闇に溶け込み、姿形を消した。 『時空の歪みを斬り裂いたか…』 鈴鹿の行為は、時空を渡るという事。 最早、この時代には居ないだろう。 されど… 悪路王は鈴鹿の残像に目を細め、不気味な笑みを浮かべる。 『我が爪より逃げられはせぬ。』 例え、何処までゆこうとも。 …魂魄の記憶。 その片隅に、真に愛しい男の背中を…追おうとも。 『我等が因縁、人間ごときに断ち切れるものか。』 鈴鹿の失跡に、一気に桜が開花する。 鈴鹿御前は、所詮・鬼。 されど反面に女を持ち合わせ、花に愛される心が在った。 思い出し、狂い咲く桜に、悪路王は侮蔑するように口端を吊り上げ、 『…いとわしい。』 呟いて、鈴鹿の血を掬い舐め、ほくそ笑んだ。 『我が欲するは、裏切り者の妻でなく。人間の女一千人にも相当する、鬼姫の血肉ぞ。』
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