第一章

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『御前、その御身では長くは持ちませぬ。』 未だ姿の見えぬ女の声と、負わされた背中の切創に、鈴鹿は苛立ちを募らせる。 「言われなくても、分かってる。」 分かっているのだ。 夥しいだろう出血に、眩暈すら覚える自分の身体は、もう限界だ。と。 鈴鹿は、ちっ。小さく舌を打ち、何処を目指して走っていたのか。自分でも分からない暗い闇を、斬った。 突如として開ける明るさに、思わず目を細める。 『御前!』 叫ぶように鈴鹿の影から、ズルリ。姿を現すは、打ち掛けを頭から被り、駆け出てくるような女の姿。 (知らない…人。) 否。 (見慣れぬ鬼、か。) 初めて目にするその姿に、目を奪われている鈴鹿を後目に、女は快刀を持ってして、鈴鹿に刃を振り下ろさんとする男を、両断した。 照り付ける日下で、鈴鹿に降り落ちてくる、赤い雨。 『独断、御許し下さいませ。』 頭を垂れる女に鈴鹿は、構わないよ。答え、 「人間を、斬ったの?」 鈴鹿の問いに、 『御前、あれは人間では御座いませぬ。…恐らくは』 「悪路王の使役鬼…」 『仰る通りに御座います。』 また、追われているのか。 考え、思い出すだけで、ズキズキ。背中の傷が疼く。 「…名前は?」 聞かれ、一瞬動揺したかと思うと、オズオズ。答える。 『翠月(すいげつ)…と。』 「音だけで、涼しそうな名。」 鈴鹿は言って、血の雨に生温さを感じながらも、酔いしれる。 血生臭い。とは、思わないのは、鬼…だから。 「それより、ここは…?」 唇の回りをペロリ。舌で舐め上げ、顔面に残る返り血を、制服で拭いながら鈴鹿は辺りを見渡す。 「…驚いた。東京じゃ、ないね。古い町並み…まるで、京…」 京都みたい。言いかけて、翠月が姿を消す。 『御前、時空の歪みを斬った貴女様は、最早この時代の人間では、ありませぬ。申し訳ありませぬが、盟約により、人間の前には姿を晒せませぬ故…』 申し訳なさそうな語尾の翠月に、盟約?何それ。鈴鹿は呟いて、 「って事は、人が来るって事だね…」 暑さに今にも倒れそうなのに。 鈴鹿は溜め息を漏らしつつ、 「ここが何時で、何処なのか。分かるだけ、マシ…かな。」 来るであろう人間を待ち、鈴鹿は青い青い空を見上げる。 「ああ…折角、春がきてたのにな…」 この陽射し。 春のものとは、程遠い。
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