第一章

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静かに瞳を閉じ、耳を澄ませる。 感じる。人間の気配・内に潜む血脈の、規則正しく強い動き。 (一人じゃない。) 複数の人間の気配を、感じ取りながら思う。 不意に額に手をやれば、角の形跡も無いけれど。 (段々と…人間から掛け離れていく…) 懐かしい、人間であった頃の、自分。 「お帰りなさい」    ―優しい母。 「スカートが短くないか?」    ―少し厳しい父。 喧嘩しながらも、夜中まで話し、遊び、笑った兄妹。 (もう、帰れない。悪路王…人間ではない。と、自覚してしまっては、誰も捲き込みたく無い。) 思い出に耽り、深く決意する鈴鹿は、聞こえてくる男達の声に、咄嗟に我に返る。 「結局、出る幕無しかよー。」 つまらない。その感情を声にする男。 「佐之、そう言うな。立派な御名を頂戴したじゃないか。」 困り果てたように、空笑いしながら諫める男。 「新八…けどよ?あれから昼夜問わずの、厳戒体制だぜ?おまけにこの暑さ!もたね――っ!」 男が茹だる暑さを蹴散らすように、天高く昇る太陽に、拳を振り上げる。 (先ずは二人。でも…まだ、居る。) けれど… (暑い…。傷が…) 背中が疼いて、意識が遠退きそうになる。 研ぎ澄ます神経が、もう無理だ。悲鳴を上げている。 「そうカリカリするな。もう壬生狼ーなんて呼ばれんだろ。我等あっての洛中秩序の回復。そう思えば、苦にもならんだろ?」 落ち着いた、紳士な声。 (これで三人。…もう一人、居る筈。) それにしても…この時代。 一時期ブームになった、時代だ。 自分も、その波に乗った一人。 (洛中とは京の事だ。壬生狼といえば、壬生浪士組。新撰組の元の名。) つまり。 (ここは江戸時代末期…)     「幕末だ…」 つい、口に漏らしてしまった鈴鹿の声に、男達の身構える声が。 「誰だ!?」 仕舞った!そう思えど、最早手遅れ。 男が言った、厳戒体制中に、時代に似つかわしくない衣服・足元を転がる、男の屍。 血に濡れた、自分。 全てが異質。 「言い訳の使用もない…」 はあ。鈴鹿の口から重い溜め息が漏れた、瞬間。 ドサッ! 夥しい出血と、暑さに耐えきれず、鈴鹿はその場にヘタリこんだ。
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