プロローグ

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プロローグ

夢の中で、彼女は泣いていた。 さっきまであんなに楽しそうだったのに。 夢の中で、彼女は怯えていた。 脇役の僕にはどうすることも出来なかった。 彼女の笑顔は消えてしまった。 僕が脇役だったから、かけがえのない笑顔を守れなかった。 彼女の言葉は失ってしまった。 言葉にならない声をあげ、ただただ僕に訴えかける。 彼女の心を癒やせない。 主人公ですらない脇役に、何が出来るというのだろう。 彼女の傷を治せない。 身体ではなく心が傷ついてしまっているから。 僕は主人公になれはしない。 目の前の涙を黙って見ているだけの男が、物語の中心に立つなんて許されない。 それでも僕は脇役で在ることに誇りを持つ。 どんな辛い状況でも、逃げ出してしまってもいいのだから。 僕は脇役の立場が心地よい。 どんな深刻な出来事でも、きっと誰かが知らないうちに解決してくれるはずだから。 だが僕は彼女を泣かせる者を絶対に許さない。 例え僕自身が彼女を泣かせてしまっても、僕は僕を許さない。 彼女を泣かせた者は死んで償うべきだと思うし、 彼女の命のためなら脇役の僕は喜んで死を選ぶ。 だけど、 そもそも彼女が恐怖する原因は、 彼女が泣いてしまった原因は、 突然目の前に現れた、ただの【ゴキブリ】だったのだけれど。
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