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薄暗くてよく解らなかったが、立ち上がった事によって僅かに光が射し込んだ鬼の足下は、血溜まりが広がり、食べ散らかした肉の断片がそこここに浸かっている。
ふしゅぅぅぅぅぅるるる…………。
鬼が耳まで裂けた口を歪めて、腐った生ゴミのような臭いの白く濁った息を吐き出す。
笑ってやがる――――。
笑いながら、俺の恐怖をより膨らませたいのか、ゆっくりと、緩慢に、一歩一歩近付いてくる。
「くぅ…………くっ……」
動かない――。
手も足も、視線さえも。
鬼が垂れ流す畏れに魅せられて、頭は逃げろと喚き立てているのに、身体がそれを実行しようとしてくれない。
鬼の岩壁のようなゴツゴツとした腹筋が、俺の狭まった視界を遮る。
「あ…………ぁあ…………」
ヤシの実くらいなら丸のまま握り潰せそうな手が、俺の頭をもぎ取ろうと伸びてくる。
――――あぁ。
俺。ここで死ぬんだ――――。
現実離れした現実が受け入れられず、どこか達観したもう一人の俺が静かに事の成り行きを見守る。
頭の中ではなぜかホタルのひかりのメロディと共にこれまでの想い出が、映画のフィルムのように流れ過ぎる。これが走馬灯ってヤツだろうか。改めて自分の半生を振り返るとろくな事していないな。
ボンヤリとそんな事を考える。
現実逃避に肩までどっぷり浸っていると、血に塗れた薄汚い右手が、俺の前髪に僅かに揺らした所でピタリと止まった。
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