月の目

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「どっちって…」 僕はイヤホンを外した。 それを見ていたかのように、すっと三輪の手が伸びてきた。 そんな挙動に少しぞっとしながらも、その手に携帯電話を返す。 三輪はもう一度問うた。 「どっちが本物」 「それはやっぱり、自分の耳に聞こえる声のほうが本物じゃないかな。毎日聞いてて馴染みがあるし」 「残念、ハズレね。だって世界でただ一人平井君しかその声を聞いたことがないのよ。 自分にしか聞こえない音のことを、幻聴と言うの」 「そういうのを・・・」 屁理屈って言うんだ。 と思ったが口に出せない。 「録音技術が発明されなければ、人は永遠に、他人に聞こえている自分の声を知らずにいた」 「それはまあ、そうだけど」 「私は自分の声さえ正確に知ることができないの。 声さえも他人のものなの。 みんないつ私を私に返してくれるの」 いたたまれなかった。 この子は、おかしい。 「ごめん、ほんと僕、そろそろ・・・」
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