鉄棺

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 自分は今目を閉じているのか開いているのか。見渡すかぎりの黒、黒、黒にもう何度目かわからない疑問が湧いた。瞬きをしてみたが、それではあまりに頼りなく、僅かばかりの光もないこの状況では実際に触れて確かめるほかないが、万が一自らの瞳を自らの指で突いてしまったらと思うと、腕を持ち上げ顔に持っていくという動作さえ恐ろしく感じる。  充電を失念していた携帯電話のバッテリーが切れたのは一体どれ位前だろう。「バッテリーを充電してください」という無能にして薄情なメッセージとともに携帯電話から全ての反応が失われ、私は一人暗闇に取り残された。絶望と共にやってきた、鼻先を何かが掠めても判らないほどの闇に、徐々に恐怖が蓄積していくのを感じる。何度も手探りで携帯電話の電源ボタンを押してみたが、融通のきかない金属の塊は完全に私との交渉を決裂へ持っていきたいようだった。懐を探ってペンライトを探したが、私自身入れた覚えのないものが入っているわけもなく、結局は黒い世界の中で絶望が上書きされただけであった。  長い事光が皆無の世界に閉じ込められていると、だんだんと感覚があいまいになっていくらしい。数分前…いや、数十分前か? まあ何でもいい。とにかく、以前は見えていたはずの目の前に立ちふさがった面白みのない鉄の壁は、光の消失とともにその存在感を消し、代わりにねっとりとした黒が私に覆いかぶさっている。触感はないはずであるのに、まるでその息使いがすぐ首筋に感じられるようだった。眼前に闇が迫っている。周囲から私を包んで押し潰そうとしている。…いや、そんな訳がない。私は馬鹿馬鹿しくなってかぶりを振った。ここは停電したビルの15階と14階の間で停まったエレベーターである。周囲は鉄の壁であって、怪物が潜む無限の暗闇ではない。何を考えているのだ。そう胸の内で呟いた私の脳裏に、嘲るようなトーンの声が響く。さて、それを如何にして証明する? この、鼻をつままれてもわからないような黒一色の中で、曖昧になっていく感覚の中で、己が何の変哲もないエレベーターの中にいる事を、一体、如何にして?
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