鉄棺

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 視界が一切利かない状態で、一歩一歩おぼつかない足元を探りながら進む。3歩、4歩、前方を探る左手はまだ壁に触れない。5歩、6歩。進んでいるはずがだんだんと不安に駆られてくる。おかしい。このエレベーターはこんなに広くないはずだ。端から端まで対角線上を歩いても、5歩もゆけば壁にぶつかるはず。なぜ触れない。なぜたどり着けない。  先ほど感じた恐ろしい妄想が、また鎌首をもたげる。ちろちろと赤い舌を出して私を嘲笑う。いやそんなことはあり得ない。私はエレベーターに乗っていたのだ。そして停電に遇い、暗闇の中で鉄の箱に一人閉じ込められた。でなければ、これほど恐ろしい閉塞感を感じるはずもない。そうに決まっている。  私は怯懼していた。身体から気持ちの悪い汗が噴き出しているのを感じる。ぬめる掌を壁に押し付けてその存在を確認しながら、震える足で私は歩いた。歩き続けた。その足元で、妄想がけらけらと笑いながら私に語りかける。本当にお前はエレベーターの中にいたのか?確かに狭い狭い鉄の箱に閉じ込められるのは恐ろしいだろう。しかしどこに何が潜んでいるか知れない無限の闇もまた、恐ろしい。お前が恐れるのは、闇か、それとも…?
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