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『失敗したようじゃな』
白髪の紳士然とした男は、丁寧というよりは一癖ある口調でそう言った
ひっそりとした地下の書庫の中、薄暗い灯りに表情は読めない。
言い返す言葉も無く、視線を逸らし
握った拳に力を込めた
『仕方ないだろ?元気出せって』
『残りのお宝は私達で集めておいたわよ』
部屋の中に、若い男女の声が響く
白髪の男は肩をひそめながら指先で眼鏡に触れ、せっかくのチャンスを…と口に出しながら、意地の悪そうな笑みを見せた
『じいちゃんもさ、お前が珍しく失敗したから、からかいたかったんだよ、人が悪いんだから』
『これ!じいちゃんでなく、じいやと呼ばんか』
『だって…俺がじいやなんか居る育ちに見えるかよ、なぁ』
赤い髪の男は、人懐っこい笑顔で笑いかけてくる
歳はそう変わらない、同じ孤児院で育ち、今は怪盗同士、時に仲間として協力し合う事もある男
『そうね、たまには貴方のそんな顔を見るのもいいわね』
彼女も同じ孤児院の出だ、裕福な家族に引き取られるまで一緒に育った。薄暗い室内でも輝きを放つ豪奢な金髪、女性である事を意識せずにはいられない肢体を、大胆なドレスに包み、あどけなさの残る顔に笑顔を作る
世の男達にはさぞ魅惑的に映るのだろう
何故怪盗として危険な仕事をしているのかを聞いた事はなかったが…
『3人とも、まぁ座らんか。情報屋が集めて来た事を話さねばならんのじゃろう』
あの夜の失敗を思い出し、身を固くする
思い出したくもないあの夜…そしてあの恐怖…。
隠された海賊の財宝を手にするすんでの所で奴等は現れ、何とか攻撃を退けたものの、宝自体は手に入れる事が出来なかった
この二人が手に入れていてくれなければ
ミッションはより困難になっていただろう
その場に残された銃から、襲撃してきた相手の調査を始めた情報屋が、情報を持ち帰る今日まで、屈辱と悪夢にうなされ続けてきた
財宝を挟んで対峙したあの男…
良く顔までは見えなかったが、何故か撃つ事を躊躇ってしまった
その相手がようやくわかるのだ
波立つ心を鎮めて、手近なソファに腰掛け、じいやと名乗った男に視線で話を促した
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