一夜

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私は、その日バスに乗り街に出ました。 バスから街に出るまでの事は余り記憶にありません。 記憶がある場所からお話すると、そこは、今思えば病院の待ち合い室だったのでしょう。 祖母と二人茶色い長椅子に座っていました。 (おじいちゃんが来たよ。さよなら、言うんだよ)と、祖母に言われ目線をあげたら、奥の白っぽく長い椅子から手摺りにつかまりながら、ゆっくりとこちらに歩いて来る祖父の姿が見えました。 そして、私の前に膝をつき…何も言わずに私の頭を撫でてくれていました。祖父の顔は笑っているよであり、泣いているようにも見えて、私はただ黙っていたような気がします。 いつも、厳しかった祖父が何故か優しく頭を撫でてくれている。 なんだか嬉しくて…と、その時、(オタベ…)と祖父の口から聞こえた時、私は昨夜の事を思い出しながら、恐る恐る祖父の左手に乗せられてる物を見ました。 ………赤い…物が…ある !? 祖父は、赤い物を私の小さい両手に持たせ、私に背中を向けて来た廊下をまた、手摺りにつかまりながらゆっくりと歩いて行ってしまいました。 私は、何も言わず祖父の後ろ姿を見ていました。 もう、お気付でしょうが祖父が私に持たせた赤い物は…そう、林檎だったのです。 赤い林檎。当時の私は、この両手に持っている物が林檎という名の果物である事なんて知らず、ただアレが持っていた物とは違う、という事は解っていました。 アレが持っていたのは、もっと赤くて、赤い水で濡れていて…生臭かった。
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