十七回帰

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十七回帰

夜 遅くに帰宅したわけでも 朝 寝坊したわけでもないのに 食卓へ入ってみると オカンの向かいの私のお膳の お椀と茶碗の前に置かれた お箸が二つに折られていた。 私の平凡な人生で 最も驚いた瞬間だった。 昔 大好きなママが買ってくれた ピンク色のお気に入りのお箸。 ポリエチレンテレフタレートで 作られていた強力な たった一膳の思い出は 継母のありったけの腕力と ありったけの憎しみを込めて 四本に分断されていた。 短いピンク色の一膳の思い出が 全部 お母さん指ほどの長さに なっていたのが 悲しかった。 その四本を拾い集めた私は 「×」を二つ作って泣いた。 だけど 大好きなパパの 大好きなひとがした事だから 私は慌てて それを隠した。 それから17年後 朝食を用意してフライパンを 洗って 夫を起こして 食卓に戻ってみると おかんの隣りの私のお膳の お椀と茶碗の前に置かれた お箸が一本だけ 折り曲げられていた。 私の平凡な人生で 二番目に驚いた瞬間だった。 韓国土産で夫が買ってくれた 銀色のお気に入りのお箸。 ニッケルシルバーステンレスで 作られていた強靭な たった一膳の幸せの片方は 義母のありったけの底力と ありったけの嫉妬心を込めて 90度近くまで曲げられていた。 その一本の 「く」という文字が 少しだけ 悔しかった。 だけど 大好きなダーリンの 大好きなひとがした事だから 私はそれを慌てて隠し 翌朝そのお箸で 「へー」って 文字を作ってあげた。 それから17年後の 大好きだったママの 命日の夜 継母が他界した。 翌々日の火葬場で 初めて見る親類たちに 囲まれる遺骨の中に 二つに折れた肋骨が二本あった。 私はその四本の欠片で 「×」を二つ作って泣いた。 それから17年後の 大好きだったママと継母の 命日の朝 義母が他界した。 翌々日の火葬場で とても親切な親類たちに 囲まれる遺骨を 袂に忍ばせておいた ニッケルシルバーステンレスで 作られたあの長い思い出と 一本だけ すり替えて 泣きながら拾った。 あれから17年後の命日の昼 夫の向かいの私のお膳の お椀と茶碗の前に置かれた お箸を自分で持てなくなった。 私の平凡な人生で なんにも驚かない瞬間だった。 生きる強さを教えた母と 生きる糧を与えた継母と 生きる力を鍛えた義母に ありったけの愛を込めた箸で 「17」という字を作って逝った。
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