秀長動く

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『さて。紀之介よ。夜明けを待って両陣営に使者を出さねばならぬが、誰がよいかのう。』 秀長の脇に座っていた吉継は暫く考えた末に少し笑みを浮かべた。 『まずは佐吉達の使者は高山殿に、徳川の使者には前田殿がよろしいかと。』 『紀之介。右近は判るが、慶次とは真かっ』 吉継の発言に皆一様に驚いていた。 高山右近とは高槻城城主でバテレン信者であったが、秀吉のバテレン追放策に反対し城主を逐われ、加賀の前田利家の元に身を寄せていたのを秀長に召し出された。自信もバテレン信者であり、冷静沈着な武将であった。 もう一人の慶次とは、前田慶次朗利益と言い、前田利家の甥にあたり、天下に知られた豪将であった。また慶次朗はかぶき者としても天下に知られていた。 一番驚いていたのは本人の慶次であり、吉継を見ると言い放った。 『軍師殿。勘弁してくれ。わしはそのような堅苦しい事は姓にあわぬ。わしより幸村殿が適任じゃと思うが・・・。』 『いえ。この役は前田殿の他にはおりませぬ。』 『軍師殿の命なら従わぬでもないが・・・。訳を聞かせて貰えぬか。』 『実は徳川の陣では不遜な態度で怒らせてほしいのです。高山殿や幸村殿ではそのような態度は似合いませぬ。ですから前田殿にお願いしたいのです。』 『軍師殿。それはわしを褒めておるのか・・・。貶しておるようにしか聞こえんが・・・』 慶次は口を尖らせそっぽを向いた。 皆は慶次の言葉と態度に笑いを堪えきれなくなり大笑いしだした。 『笑い事ではないわ。まったく・・・。』 慶次は怒ってみせたが、次第に皆の笑いに釣られ自身も笑っていた。 『わはは。すまんすまん。慶次。ならば使者も決まった事ゆえわしが詫びの印に酒を出そう。慶次にはしっかり使者の大役を務めてもらわんと困る。よって特別に二日酔いで行く事を許可する』 秀長がそう言うとまた笑いに包まれた。
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