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白髪頭の老人は、どうやら自分が目覚めるまで待っていたものと見える。
よく見ると灰色の背広の肩や腕に、うっすら埃が付着している。
ここは墓地よりさらに空虚な場所だが、埃だけは嫌というほどたまる。
こんな場所、5分もいれば埃まみれは確実なのだ。
老人の正体を気にしつつも、自分は不思議と警戒心を緩めた。
一目見て人のよさそうな老人だと思ったこともあるが、それより何より自分を落ち着かせた最大の要因は、老人の顔に懐かしさを覚えたことだ。
夢の中で見たあの女性に抱いたものと同じ感情。
知らないはずなのに無性に懐かしい。
「探したよ。トウヤくん」
老人が親しげに声をかけてきた。
(トウヤ?それが僕の名前か?)
「まさかこんなところにいるなんて思いもしなかったが・・・見つかって本当によかった。さあ、うちに帰ろうじゃないか。」
「僕は・・・」
言いかけて言葉につまった。
疑問は山のようにある。
しかし、いざそれを口にしようとすると言葉にならない。
何から聞いたらいいのか、考えがまとまらない。
言い出しかけて言葉につまった自分に、老人はまるで事情を察したようにやさしく笑いかけた。
その笑顔だけで今は満足な気がした。
それに一つだけ分かったことがある。
(僕の名前はトウヤ)
心の中で何度も何度もその名をつぶやいてみる。
正直しっくりとはこない。
だが、今はそれだけでいい。
自分には名前がある。
自分を探していた人がいる。
僕は生きている!
こうして自分はコンクリートの巨大な棺桶から抜け出し、現世へと蘇った。
トウヤがベッドを軋ませ、埃まみれの床に降り立った。
トウヤの顔が窓から差し込む朝日に照らされ輝いた。
黒い髪が艶やかに光を反射させる。
肌は朝日を浴びて、まるで雪のような白さだ。
そんなトウヤの顔は、不思議と夢の中のあの女性によく似ていた。
少年はトウヤという名を与えられ、現世へと立ち返った。
夢の中のあの女性も、名前が明かされた時、この世に姿を現すのだろうか・・・・
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