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「それ以上その女に近づくと死ぬことになるぜ。」
若い男の声がした。
目を閉じかけたOLの視界を横切ったのはその男だった。
この世のものとは思えない怪物を前にして、男は臆する様子がない。
まるで仲のいい友達にでも話しかけるように、気安く獣人に声をかける。
「オレとしてはテメーの命なんてどうでもいいんだけどよ。ちょっとした親切心から言わせてもらえば、ここはおとなしくこの場を去った方が賢明ってもんだぜ。」
男の声にはある種の親しみの情まで感じられた。
しかし、獣人を見据える目はあくまで鋭い。
この男はあの少年だった。
複数の学生たちを相手に、かすり傷一つ負わず勝利をおさめたあの少年だ。
多人数を相手にケンカをした後、わざわざここまで駆け付けたらしい。
しかし、そこには奇妙な点があった。
到着があまりにも早過ぎるのだ。
少年が獣人の雄叫びを聞き付けてから、まだ1、2分しかたっていない。
一方、少年がいた場所からここまでは、全速力で走っても5分はかかる距離。
それに声の方向だけをたよりにこの場に駆け付けられたことも、普通では納得がいかない。
正確な情報もない特定の地点に、尋常ならざる早さで少年はたどりついたのだ。
そういった点では、少年も目の前の獣人と同じと言っていい。
どちらも人間離れした存在という点において。
だが、死を覚悟したOLにとって、少年の登場は九死に一生を得る結果となった。
彼の存在がOLには救世主のように思えたに違いない。
「おい、あんた。いつまでもそこに突っ立ってないで、さっさとここから逃げな。」
少年が目を閉じ震えるだけのOLの肩に手をかけた。
それに少し安堵したOLが目を開くと、自分の顔を覗き込む少年と目が合った。
背の高い少年だった。
細身ながら半袖のTシャツからのぞくその腕は、筋肉質で力強そうだ。
プロの格闘家のように無駄な贅肉が一切なく、筋骨の逞しさが感じられる。
しかし、何よりOLの目を引き付けたのは、その長くて朱い髪と優しそうなその目だった。
さきほどまでの鋭い視線は消え、穏やかな目つきになっている。
それにその目は汚れがなく澄みきっている。
まるで動物の目のように邪まなものが一切ない。
見つめられると、まるでその瞳に吸い込まれそうな気さえする。
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