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地面を転げ回った獣人が、痛みと怒りで叫び声をあげる。
宵闇迫る空に、またも奇怪な声が木霊した。
そして・・・
それが獣人にとってこの世で最後の言葉となった。
それは言葉にすらならない獣の言葉ではあったが・・・
痛みで動きの鈍った獣人に対し、少年が攻撃に転じる。
そして・・・決着は一瞬にしてついた。
少年は素早く獣人近づき、黒い毛に覆われた胸板に手刀を突き立てた。
その刹那、獣人は悲鳴とともに胸から血をほとばしらせ、仰向けに地面に倒れこんだ。
信じられないことに、少年の手刀は獣人の肉を裂き、骨を砕き、心臓を貫いていたのだ。
手刀を胸に突き刺した少年は、その手を素早く引き抜くと、返り血を避けるように後ろに飛びのいた。
だが、その手は手首まで獣人の血で染まっている。
血を噴き出し倒れた獣人に、少年が弁解するように言った。
「俺がやらなくても、あんたはいずれ死んでたぜ。ヤツらの手にかかってな。」
夕暮れの街を俄かに恐怖に陥れたこの事件は、こうして幕を閉じた。
しかし、獣人の存在もさることながら、少年の力も恐るべきものだった。
どんなに鍛え抜かれた身体をしていようと、生身の人間が自分の腕一本で、生き物の身体を貫くことができるものだろうか。
分厚い肉と骨の壁をやぶり、心臓を貫いた少年の力もやはり、人間のそれとは到底思えない。
見た目は普通の少年なのに・・・
しかしそれは、目撃者がいなかったからこそ言えることだ。
なぜなら、この時少年自身もまた、人間とは思えない肉体の変化を見せていたからだ。
獣人に止めを刺した少年の手は、この時まるで刃物のごとく爪が長く伸びていた。
そして、何より見た者を戦慄させたであろう変化は、その瞳が妖しい赤い光を発していたことだ。
夕日の光を反射させたのではない。
血のような深紅の輝きが、少年の瞳に宿っていた。
命を救ってやったあのOLに向けられた穏やかで純粋な目は姿を消し、異妖な、まるで悪魔のそれのように恐ろしい目で少年は空を見上げた。
遠目には空を見上げて佇む少年にしか見えなかったが、この時少年は、確かに人ではない「何か」の一端を垣間見せていた。
闇が少し濃くなってきた。
遠くからパトカーのサイレンの音が響いてきた時、少年の姿はすでにそこにはなかった。
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