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「僕は誰?」
すると女性は、微笑みを浮かべ答えてくれる。
「あなたはわたしにとって最後の希望・・・わたしの罪を断ち切ってくれる。」
「そう・・・あなたは***」
女性は僕の名を呼んだ。
けれどその声が僕には届かない。
ここは名前のない世界なのか?
女性の名も自分の名もわからぬまま、僕は夢から醒めるしかなかった。
剥き出しのコンクリートが目に飛び込んでくる。
これもお決まりの眺めだ。
ここで目にするものは、コンクリートの天井と壁のみ。
ここは建設途中で放棄された廃墟ビル。
そこに粗大ゴミとして捨てられていた折り畳み式のベッドを持ち込み、自分のねぐらにした。
ここには何もない。
家具はもちろん、水道だって電灯だってない。
巨大な鉄筋コンクリートの空き箱だ。
その中で自分は眠りにつき、そして毎晩同じ夢を見る。
朝日が差し込み暗いビル内に光の帯を浮かび上がらせている。
漂う埃のせいで、窓から差し込む光がまるでカーテンのようだ。
無機質なビル内がほんのつかの間、穏やかな雰囲気に包まれる。
いつから自分はここで暮らしているのだろう。
実を言うとそれがわからない。
記憶喪失とでも言うのだろうか。
自分は何者で何故ここにいるのかもわからない。
そんな暮らしがもう二ヶ月近くになる。
その間、近くの公園で水を飲むことだけで、今日まで生き延びてきた。
思えばそこも妙な話なのだ。
何故自分は生きていられる?
二ヶ月近く何も食べずに平気でいられる自分が不思議でたまらない。
その点からも、知りたいのはやはり「自分は何者か」ということだ。
だが、そんなこと自問してみたところで答えは見つからず、それどころか最近は生きている実感すらない。
もしかしたら、自分はもう死んでいて、魂だけがここに居座り続けているのかもしれない・・・
それならそれでいいとも思う。
生きていようが死んでいようが自分の毎日に変化はない・・・
そんな気がした。
だが、自分が誰なのかは知りたいと思った。
何故過去の記憶がないのか、それも含めて自分は自分を知りたかった。
そんなある日、いつもの如く同じ夢から目覚めた自分は、室内にいつもと違う気配を感じて周囲を見渡した。
部屋の入り口に男が立っていた。
身なりの整った白髪の老人だ。
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