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「笑わない?」
夕暮れに紅く染まる校舎。
その校舎の窓の一つを開けて、俺は外を眺めた。わざわざ夕日を全身で受け止めるように、太陽に向かい合う格好になったのはせめてもの照れ隠し。
そうして赤くなった顔を隠さないと、とても口には出せない話だったからだ。
「笑わないって。今さら、僕が君の何を笑うのさ」
隣の窓から同じように顔を外に向けていたあの先生は、確かそう言った。
にへら、と口元を緩めてそんなことを言うものだから、傍から見ているとその台詞に説得力は無いように感じるだろう。
でも俺にはわかる。この先生はトレードマークの“笑顔”を絶やす事はしないけど、その台詞に嘘があるわけでもない。
馬鹿にはしない。発言を笑う気は無い。この人の笑顔は、そういう意味の“笑う”じゃない。
「大丈夫、僕はただの先生だ。神様じゃない。君の夢や気持ちを無下にして笑う権利を持てるほど偉くなんかないよ。君の夢は──おっと、時間だ」
にへら、という表現がピッタリな笑顔のまま俺にかける言葉を中断して、先生は腕時計を見る。時刻は夕方五時。いつも通りだ。
先生が腕時計を巻いたその手には、夕日をうけて金色に輝くトランペットが握られている。
正確な話は知らないが、本人いわく相当昔から使っている楽器だそうだ。所々小さなキズはあるし、夕日を反射する金色の輝きも少し鈍い。
買い替えたりはしないのかと聞いても、先生は絶対に首を縦には振らなかった。何かは知らないが、先生なりに思い入れがあったんだと思う。
毎日面倒だろうに、それでも一日だって欠かさず学校に持ってくるぐらいだ。どれだけ大切だったのかは当時の俺にだってわかる。
「はぁー、トランペットって良いよねぇ……なんかこう、キラキラしてて音もカッコイイっていうか、聞いてるだけで力が沸いて来るような気がするでしょ?」
「知らん。早く吹けよ」
「はいはーい……っと」
そんなやり取りの後、先生はそのトランペットを両手で持ち直し、軽く咳ばらいをすると、静かに息を吸う。
俺の話を聞きながらずっと準備をしていたので、細かい調整は済んでいる。先生は金色のトランペットの端で唯一銀色の部分──マウスピースというらしい──に口をあてて、それに息を吹き込んだ。
校舎の窓から外に、柔らかくて綺麗なメロディーが流れ出す。
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