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 昔作られて、今でも時々テレビで放送されるくらい有名な映画のワンシーンで使っていた、一日の始まりと終わりを告げるトランペットの短い曲。映画のオリジナルらしく曲名は存在しない。譜面も滅多にないそうで、先生はこれを耳で覚えたという。  短い曲だし、先生が毎日この時間に吹いている曲だから、俺もリズムやメロディーは完全に覚えている。  それくらい何度も聞いた曲なのに、何故だろう。先生がこの曲を演奏する度に、いつも涙が溢れてきたのは。  先生のトランペットから流れる音色はとても暖かく、優しく、心の芯に染み渡る。たかが二分にも満たないような短い曲で、どうしてあんなに涙が堪えられなくなるのかは未だに分からないままだ。 「──よし……終わり、っと。あれ、また泣いてるの?」 「うるさい」 「はいはい。相変わらず可愛いさの欠片もないなぁ……」  演奏を終え、満足そうに楽器を下ろした先生は俺の横顔を見て苦笑い。最初のうちこそ演奏の後で毎回あたふたしていたけれど、その頃にはもう慣れたもので、こういうやり取りだけで済むようになっていた。 「そうそう、さっきの話だけど──笑わない、ってのは言ったよね?」 「うん」 「冗談抜きで、僕は君の将来の夢を笑う事はしない。君の夢は、君以外の人間が笑っていいものじゃない。そうだろ?」  先生は毎回こういう“本当に言いたい事”を言う一瞬だけ、すごく真剣な表情を見せた。そしてすぐにまたふにゃっとした笑顔に戻る。  その切り替えについていけず、俺はただ黙って頷く事しかできなかった。  この先生、ワンパターンなように見えて案外言うべき場所やタイミングは考えている。そういう変化には最後までどうしても慣れないままだった。  先生の言葉に促されるようにして頷いた俺の頭が手を乗せられ、髪をグシャグシャと撫でる。 「だから、恥ずかしがらずに堂々と語ればいい。自分の夢に自信を持って、口にするといい」 「自信を……持つ」 「そう。君が誇りを持って語るなら、正義のヒーローや大魔法使いやサラリーマンだって立派な夢だ。他人にどうこう言われる事はない」  確かに、先生はそう言った。その言葉に安心し、俺は促されるままに口を開く。ゆっくりと、慎重に言葉を選ぶ。 「俺の、将来の夢は──」
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