ふうちゃんとおねえちゃん

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「あの日――私が18で家を出て行ってから、色々なことがあったの。たくさんの男の子と出会って、たくさんの人の家に泊まって、時には寝たりした」 寝た、という発言に僕はどぎまぎした。彼女が男と寝ているのを想像したことは、当たり前だが一度も無かったからだ。僕は彼女の顔を見ることが出来なくなった。彼女の〝男の影〟を急に意識させられて頭が真っ白になった。けれど、おそらく顔色の変わった僕にはお構いなしに、彼女は話を続けた。 「派手な生活はしてなかったから、あまりお金はかからなかったよ。男の人がアクセサリとか服くれたりもしたからね。あとほら、高校行かないで働いて、それで家にお金も入れなかったから、80万くらい貯金あったの、私。それを食い潰していったら全部使いきったの。まあ最後の10万くらいはそのとき付き合ってた男の人に盗られちゃったんだけど」 笑いながら彼女は言った。金を盗まれたのにへらへらと笑っていられる彼女は、寛大なのか、神経がどうかしているのか。僕には判断がつきかねた。 「そのあと出会ったオジサンがいい人でね。僕が養ってあげるって言って、ポンって五〇万と部屋の鍵を渡されたの。本当に普通のマンションだったんだけど、それまで宿無しの私には、とっても幸せだった。そこに一人暮らしさせてもらえたの。」 彼女の目は遠くを見た。そしてコーヒーを少し飲み、喉をごきゅりと鳴らしてからまた話の続きをした。部屋中の空気が彼女に集中しているような感じがした。 「その男の人は家庭があったから一緒に住まなかったし、ラッキーだなと思った。本当に。そして土曜の夜に彼のお相手をするんだけど、それでやっと、ああ、愛人のつもりだったんだなあって気が付いたの。人間さ、感覚が狂うと五〇万をたった三週間で使い切っちゃうもんなんだね、ガス代も水道代も電気代も、部屋代も払ってないのにさ。今思えばとっても贅沢な暮らしだったよ」 姉は笑った。僕はそんな彼女を別の世界の人間に思えた。一時は他人の愛人になってしまった姉が、ドラマから抜け出してきたみたいだった。
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