春

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 あまり有名でも人気でもないこの洋食屋は、彼女が紹介してくれたのだ。僕が昔、学生時代の友人とイタリア旅行に行った話をした次の土曜のことだった。  彼女の薦めでミートソース・スパゲティを頼んだのだが、そのおいしさに僕はとてもおどろいた。  アルデンテよりもやや固ゆでのスパゲティに、トマトの味が濃厚な、それでいてしつこくないミートソースが乗っている。ソースはスパゲティに実によく絡む。玉ねぎも甘いし、ハーブの香りがきちんとしている。やはりこの洋食屋の看板メニューなのだろう。  彼女のすぐうしろは壁だ。白と焦茶色のしま模様に古さを感じる。二色は隣同士で支えあっている。店に入ったときにちらりと見えた、近くのテーブルの老夫婦のようだった。おだやかな気品のある二人のうち、紳士は白い髭と髪なので白、夫人はスカーフの色の焦茶色だろう。  おそらく彼らはお互いをおじいさん、おばあさん、とは呼ばない。いつまでも名前で呼びあう。そしていつか白は焦茶色を残して旅立つ。焦茶色もいずれ白を追っていく。そのときまでずっと彼らは連れあいなのだ。
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