春

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 すてきな二人が店を出て行くまでを、二人を映す窓越しに、水に浮く氷で遊びながら見ていた。  彼女の耳をふと見ると小さなピアスが留められていた。リボンをあしらった白いピアスだ。 「あなたは好きなの?子ども」  話しかけられて、反射的に水で遊ぶ手を止めた。怒られると思ったからだったがそうではなかった。  彼女の顔を見ると、不安気な、けれど真剣な顔をしていた。僕は彼女が持っているもやもやを、質問攻めにして強引に奪い取ってやろうなんて思えなかった。だからそれに気が付かないふりをして素直に質問に答えた。 「好きだよ。可愛いしね、」 「そう。良かった」 彼女が微笑んで返事をすると、思い出したようにいきなり、厨房からかちゃかちゃ皿を洗う音が聞こえた。さっきの老夫婦のスープ皿だろうか。  僕は遊ぶのはやめにして水を飲んだ。氷が2つ、小さくなっているのの先に、彼女の顔が見えた。  目が合うと、彼女は笑った。上品な、うわべの笑い。僕は彼女のそういう笑いがすぐ分かる。さっきの微笑みとは明らかに何らかの質が違うのだ。彼女に何かあったのだろうか、と僕は心配になった。
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