短いはなし

春

「そうだ、今日はどうしたの？いきなり会おうだなんて、しかも金曜に」

　かつて、悩みや相談くらいで彼女は僕を呼び出したことは一度もなかった。
　今、核心に迫ることに僕はちょっとだけ緊張していたのだ。僕が言い切ったとたんに彼女の顔は曇ったので、僕の緊張は確かなものになってしまった。おそらくこのことを言い出すのはわかっていたのだろう。むしろ、この瞬間を待っていたとも言える。

「怒らないで、聞いてくれる？」

「いいづらいことなら無理はしなくていいけど」

　そう言って笑ってやったつもりだった。実際に笑えていたかは分からない。

「別に言いづらいってわけじゃないけど」

　彼女はそう言って一息置いた。彼女が怒るなというから、僕は黙っている間にさまざまなシチュエーションを想定した。彼女が打ち明けることへの心の準備をしていたのだ。僕の耳は、まだ発せられることのない彼女の声以外一切の音を拾わなくなった。

　僕はあたり一面の静寂を吸いきって、そして吐いた。気持ちが楽になった気がした。すう、と今度は彼女が息を吸った。