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外の風は鼻が痛いほど冷たかった。指先まで冷やしていく風はすっかり秋のものではなくなっていた。それをなんだかとても悲しいことのように思いながら、僕は手をさすって、息を吹きかけた。指先は幾分か温かくなった。手袋を買わなくては、と思った。一昨年買った茶色いレザーはあまり評判がよくなかったので、今度は黒にしてみようか。
彼女は僕の少しうしろを歩いていた。元気のない彼女の右手を、僕はきゅっと掴んだ。彼女は驚いて顔を上げた。彼女の手は、僕の手よりもはるかに冷たかった。
「ねえ、子どもは産むの?」
「だったら何だって言うの」
無愛想にそう言って彼女は手を払い、僕から距離をとった。僕はまた彼女の手を取り、無理やり彼女の手を僕のコートのポケットの中につっこんだ。
「絶対産んでくれ、って言おうと思って。子どもはすきだって、さっきも言っただろ」
そして指と指とをポケットの中で絡めた。彼女は今度は手を引っ込めたりはしなかった。戸惑った顔をこちらに向けてこう言った。
「私、産んでもいいの?」
「せっかく授かったんだ。いいに決まってる。たった今、産んでくれって頼んだじゃないか。きっと色んな意味があって、僕たちを選んでくれたんだよ」
彼女はふふ、と微笑んでポケットの中の指を絡めなおした。
「なんで笑うの」
「だって、嬉しくて」
僕は彼女につられて笑った。彼女はいっそう嬉しそうに笑った。僕と一緒に彼女が笑ってくれたのが、ただ嬉しかった。
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