一.

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彼女のことは知っていた。 いや、知らないヤツは居ないだろう。 それほどの有名人。 『女神』と呼ばれていることも、この学校では周知だ。 「…アレが噂の…立花恵(タチバナメグミ)か…」 ついフルネームで口に出てしまった。 先程、友人との会話に出てきたばかりだったから。 その場に立ち竦んでいた藤澤陸翔(フジサワリクト)は、気付かれないようにそっと近づいた。 震える指で、恵の前髪についた桜の花びらを手にする。 顔を覗き込み、彼女を眼に焼き付ける。 触れてはいけないだろうが、どうしても彼女の存在を確かめたい衝動に駆られた。 ―が、運悪く昼休み明けの予鈴がなってしまう。 恵が眼を開ける前に、猛ダッシュでその場を離れた。 なぜ逃げてしまったかは、自分でもわからない。 胸の高鳴りがそうさせたのかもしれない。 そっと恵から死角になったところから様子を伺う。 恵は立ち上がり、辺りをキョロキョロ見て首を傾げていたが、そのまま校舎に向かって歩き出した。 胸の高鳴りを押さえ、その場にうずくまる。 「…ダッセー、俺なにやってんだ…」 恵の髪についていた花びらを手に、空を仰いだ。
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