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フワリ、と靡(ナビ)いた恵の髪に、皆はつい見とれてしまう。
藤澤も躊躇したが、思わず恵の腕を掴んでしまった。
一瞬、恵は掴まれた腕に力を入れてしまったが、何事もなかったかのように、静かに振り向いた。
誰の眼から見ても明らかに無表情だったが、それでも彼女は綺麗だ。
そんな恵の瞳に見つめられた藤澤は動けずにいる。
一歩だけ、藤澤に近づく。
彼女の綺麗な唇が開き、そっと囁いた。
「私に関わらないで」
周りの生徒には聞こえなかっただろう。
皆は顔を赤らめ、二人のいる風景をただ眺めているだけだった。
藤澤は言葉の意味より、初めて恵がこれほどの至近距離で、真っ直ぐに見つめてきたことに息が止まってしまう。
掴んでいた腕も、思わず力を緩めた。
彼女はスルリと腕を引き、踵を返してそのまま教室を出て行った。
正気に戻った藤澤は、恵を掴んでしまった手を、じっと見つめる。
(…初めて触った)
桜の木の下の、不確かな女神に初めて触れたことで、藤澤には欲望が生まれた。
(…絶対、手に入れてやる)
藤澤のそんな想いなど気にせず、恵は憂鬱ながらも呼び出された場所に向かった。
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