一章 たった一言、たった一節

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一度目のサビが終わった頃、不良の目からは涙が溢れていた。 それを見て、彼は再び演奏を止める。 彼は歌う時の彼じゃなく、彼の本当の、心からの言葉を発する。 語るように、呟くように。 優しく、深く。 「たった一言、たった一節伝えるのって、めちゃくちゃ難しい。アニメみたいにうまくいかないし、こんな場所で歌ってたって誰一人振り向かない。けど……伝えたくて仕方ない、感じてほしい…………」 だから、あえて聞きたい。 だから、彼は本当の自分を詠う。 だから、ここだけは憧れじゃない。 「僕の歌、届いたかな?」 不良の心に感情が噴火する。 悔しいほどに、涙が止まらない。 きっと、忘れかけていた。 夢ってものを。 くだらないことにうつつを抜かして。 変にひねくれて。 だから、一言。 たった一言だけ伝えた。 「お前の歌……届いたよ」 .
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